こんにちは、imakenpressと申します。

山河残りて草木深し―日本本土決戦(41)

〈目次へ〉

国破れて山河在り、
城春にして草木深し…

古来より、国是を見失った国家政体は決して永遠には続かない。
だが、そこに聳《そび》え立つ山々、台地を往《ゆ》く大河、潮の香り、風の囁き、緑の息吹は古から変わることはない。
砦は焼け、城壁は崩れ、剣は折れても、草木はまた青く茂り、春はまた訪れる。

※実際の歴史時系列と異なり、架空の人物、固有名詞も登場します。

—–◇————————

■山河残りて草木深し…

「此より重大放送を行います。聴取する者は皆御起立願います」

昭和21年5月10日、午後12時。
昨日から告知のあった臨時ニュースがラジオ放送を通じ日本全国に流れた。
冒頭一声の日本放送協会天沼祥吉アナウンサーに続き、内閣情報局の上小路《うえこうじ》光久局長が天皇陛下の大勅《たいしょう》「玉音」をこれよりラジオを通じ送ることを告げた。
内容は「終戦勅書」であり、国民はこの放送を聴き日本が連合国に降伏したことで本土決戦にまで至った戦争の終結を知った。
またほぼ同時刻、帝国最高戦争指導部及び参謀本部は、内外の部隊と作戦航海中の軍籍艦船に対し無条件停戦命令をあらゆる通信手段を用いて通達した。

—-

 

“終戦日” から去ること四日前の5月6日午後4時、伊佐馬忍が操縦するDC-3 Takeru号は大阪伊丹、摂津飛行場を眼下に着陸態勢に入っていた。

摂津の地は、神州帝国軍と袂を分かった椚田与一陸軍大将率いる帝国陸軍第15方面軍を主体とする日本軍勢力下であり、同方面軍は既に連合国軍に恭順の意を示していた。
飛行場には大勢の警備兵と飛行場責任者が北東方向の空から飛行場に降り立とうとしているTakeru号を見つめていた。
そしてTakeru号は、荒れ果てた滑走路に完璧な型どおり優美に着陸を果たした。

「見事な降り方だぜ。しかしアレ、日の丸着けちゃいるが海軍機じゃねぇな。ミドリが薄いしエンジン音が違えぜ」

五日前に信州上空から当飛行場に飛来し、武装解除していた木場敬一海軍少尉率いる烈神隊隊員の大平文治がその光景を眺めながらそう言い、隣りに居る相棒、鳥尾嘉兵も降り立った機体が純粋な日本軍機の零式輸送機ではないと勘ぐった。

「レイシキじゃない。ダグラスだ。見ろ硝子窓が旅客機そのものだ。鹵獲機か?」

さらに二人を驚かせたのは、滑走路上に待機していた自動車である。

「おい、鳥尾。あのクルマ、ロールスロイスだぜ。ファ…ファントム! ファントムじゃねぁのか!これから何が始まるんだ」

根っからの “機械好き野郎” 大平は、その流麗なボディの自動車が当時の日本で数台しかない車両だと判り仰天した。
このロールスロイスは、V12気筒搭載のファンタムIII型で、日米開戦前、御料車用に英国から輸入した三台のうち一台で、宮内省車両課が戦争激化前に京都に疎開させていたものだった。
もちろん二人はDC-3に今上帝が座乗していることなど知るよしもなかったが、この目にしている光景が普通ではないことは理解できた。

そして4日後戦争は終結した。

 

停戦命令が発布されたその日、信州長野では、既に先日、「君側ノ奸《くんそくのかん》」として定義づけられた神州軍(正確には君側ノ奸は、神州政府首脳と軍指導者のみに対して)も大元帥たる聖上自ら発せられた勅令である事から、日本兵はことのほか迅速かつ平穏に武装解除に応じた。
実は信州攻略軍総司令官ブライアン・カーヴィル大将は、神州軍を最後まで抵抗していた主戦派と見なしており、日本政府の正式降伏に関わらず、徹底抗戦を予想し各部隊を要所に配置させ即応可能体勢をとらせていたが、各戦線、散発的抵抗のみで、カーヴィル自身日本国天皇の存在の大きさを改めて認識した。

神州政府首脳たちは、勅令により偽政賊徒と化した。
米軍の信州侵攻と同時に崩壊していった内閣機能と官僚機構は既に停止状態ではあったが、最後まで松代本営に残っていた閣僚や官僚たちも、陣地壕から出て連合国軍の軍門に次々と下っていった。

前内閣総理大臣白谷藤一郎は地下壕の公邸私室に中から鍵をかけこもっていた。
連合国軍MPが身柄を保護するために駆けつけたその瞬間銃声が室内から発せられ、MPがドアを壊し中に入ったときには既に白谷は絶命していた。
傍らには家族に当てたと思われる遺書らしき紙が数枚残されていた。
結局、白谷自身がクーデターにより目指そうとした理想の国家像や、日本国を焦土にし、多くの国民を犠牲にしてまでなお続けた徹底抗戦の意味は判らずじまいとなった。

黒幕として政府首脳に深く入り込んでいた報国商会会長生田隆栄は、松代に近い篠ノ井にある別邸にいるところを身柄確保された。
生田は自分は市井のいち民間人であって逮捕される理由はないとMPの米軍将校に手にしていた猟銃を向け食い下がったものの屈強な兵士により取り押さえられた。そして後日、第一級戦犯容疑者として東京に護送されることとなる。

いわゆる戦勝国による “戦犯狩り” は終戦の日から開始しされた。
なかでも彼らが一番恐れたのは、戸崎信三郎の存在だった。
連合国軍は、生田と同じく第一級戦犯容疑者としていた戸崎だったが、日本降伏時に彼の所在を確認出来ないでいた。
各諜報機関などから彼自身のこれまでの足跡や動向をつぶさに調べ上げていた連合国軍は、その機転の才を持った急進的考えと、内外に張り巡らされた人脈など危険人物であると判断し、今後の占領政策や極東での情勢に影響を与えかねない戸崎の逮捕に全力をあげ、行動を開始した。

—-

 

三ヶ月後—
昭和21年8月。福岡市博多。

ここは戦後九州で最大規模の闇市がある。
市は戦争中の物資統制下など嘘のように品物は溢れ、人も多く集まり活気に満ちあふれていた。
この街を捕虜収容所から出所し、引き上げてきた板倉弦二郞が当てもなく歩いていた。
弦二郞の妻節子と長男の清は、出征直前まで、福岡県三潴郡荒木村にある家に住んでいたのだが、村に弦二郞が戻ったき、九州戦開始直前に戦火が拡大し戦場となることが予測されたこの地で、疎開政策によって村民は各地に散ったことを知った。
住民は既に荒木村へ戻り始めていたが、妻子の姿はそこにはなく、一時身を預けていたという大牟田にある節子の叔母家に行き消息を訪ねたが、節子は女子挺身戦闘隊として北九州の軍需工場に駆り出され、清は集団疎開するため出て行きそれっきりだという。

途方に暮れ博多駅前広場の瓦礫に腰掛けていた弦次郎に、長髪の頭にハンチング帽をかぶり色眼鏡をかけたヤクザ風体の男が話しかけてきた。

「貴様。もしや…板倉か?」

「ん? 旦那は?」

男は色眼鏡を外して名乗った。

「オレだよ。同じ連隊にいた。山岸、山岸俊介だ」

「や、山岸上等兵殿かっ!」

それは紛れもなく弦二郞と宮崎からともに鹿児島に転戦し、霧島山地で生き別れとなっていた山岸俊介であった。
山岸は夜襲に向かった後、部隊とはぐれ帰還を果たすことが出来ずそのまま米海兵隊により捕縛され捕虜となったという。
昼食時だったので、二人は近くの屋台に入り闇物資の麦酒を飲み素麺をすすった。

雑談は、別れた後の話で盛り上がり。今現在の話になった。

「オレは今、流行のアレだ。大声じゃ言えんが闇物資の流しをやってる。お前はどうなんだ?」

と山岸が目の前の麦酒瓶を見つめながら口走った。

「元々和菓子職人なんで、入営前と同じですよ」

弦二郞はもちろんアテなどなかった。
逆に山岸は羽振りが良さそうで、昼食代として米軍発行の軍票を屋台の主人に手渡した。

「はははそうか…まぁ気長に行こうぜ。日本は俺たちがしょって立たねぇとなんねえ。」

そう言って山岸は、連絡先を書いた手書きの名刺を弦二郞に渡し、闇市の雑踏に去って行った。

しばらく市を回っていると “しらたま・ようかん” とのれんに書かれた文字が飛び込んできた。
甘味処屋のようで、興味本位から中の様子をうかがってみた。

中には割烹着姿の若い女主人と丸坊主の幼児が傍らにいた。
その女主人が弦二郞の視線に気がつき、表に顔を向けた。

「いらっしゃい…」

弦二郞は兵隊帽を脱いだ。

「あ、アンダ…アンダかっ! 弦二郞さんかい!」

「お、オマエは! 節子… そうだ。弦二郞だ!」

その甘味屋の若い女主人は弦二郞の妻節子だった。
傍らには丸坊主は、歩けるほど成長していた一子、清だった。

「そこにおるのは清か! キヨ、オマエもおおきゅうなったなぁ!」

突然の事と弦二郞出征当時の記憶がない清は、事態に理解できず一人キョトンとしてしていた。
弦二郞はそんなことお構いなく清を抱きかかえ、妻の節子もただただ涙するばかりだった。

—-

 

かくして日本の新しい夜は明けた。
だた日本を取り巻く環境は厳しく、それはまた前途多難な船出でもあった。


日本が決号作戦、すなわち本土決戦を選択した事による代償は計り知れず、戦後、旧大日本帝国は分割され、樺太全島および歯舞、国後、択捉を含めた千島列島全領並びに北海道はソビエト連邦がむこう50年間の租借権を有し、A.A.ライン(吾野阿武隈線)以北が、堀部彗山人民戦線議長を中心とした全体国家「日本社会主義人民共和国」、南が「日本国」、そして沖縄県が「琉球国」となった。

また、大日本帝国が皇土としていた台湾は大戦末期に連合国軍として中華民国軍が侵攻、結果同国が旧清朝継承国家として保有し、朝鮮は朝鮮共産党金成一総書記が朝鮮全土の支配権を掌握、朝鮮社会主義人民共和国として独立した。
旧満州国は戦後に中華民国国民政府の蒋介石主席と共産党(中華革命政権)の劉沢源委員長が主導権を巡って、荒廃するまで国土を二分し戦った国共内戦の結果、革命政権が同地に敗走、人民中華共和国が建国されるに至った。

これら東アジア情勢により、米国を中心とした西側同盟の “防共ライン” が日本国土に引かれ、それは新たな火種を生むことに間違えなかった。

(注意)
※IF ワールド シミュレーション戦記です。
※一部の人名、固有名詞は架空のものです。

←前話へ戻る

〈目次へ〉