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山河残りて草木深し―日本本土決戦(29)

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昭和21年3月22日、関東に上陸していた連合国軍は総攻撃により東京を陥落せしめた。一方、国土北部ではソビエト赤軍が北海道に大挙上陸し帝国陸軍第5方面軍と戦闘状態に突入していた。日本、いや世界の歴史が大きな曲がり角にさしかかっているまさにこの刻、アメリカ軍は極秘計画を画策進行し、任を受けた特殊部隊が本州内陸部に深く入り込もうとしていた。

※実際の歴史時系列と異なり、架空の人物、固有名詞も登場します。

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■アメリカ陸軍コマンド部隊

帝都陥落以後の4ヶ月は明治維新後の近代日本にとって、歴史の大きな転換点となる訳だが、それら事象は日本のみならずアジア列国や国際情勢などへ大きく影響を及ぼすことになる。
アメリカ人でこの時はまだ一職業軍人であったハンス・ブラウン軍曹もまた、この日本という東洋の果ての地で闘いながら時代の大きく揺れるうねりに飲み込まれつつも、後世歴史に関わりも持つ人物となるのだが、運命に身を委ねる現在の彼自身、そのことを知るよしもない。

連合国軍による東京総攻撃開始4日前、日本時間1946年3月16日午前1時、福島県沖の米国機関暗号ポイント “Griffon-10A” に、情報収集任務専門のガトー級潜水艦、USS Merluccius : SS-290が浮上した。波浪はかなり高く、艦は大きく揺れている。
艦橋ハッチが開き艦内から7名の作業員たちか飛び出し、うち4名が手際よく大型のゴムボート2艇にエアを注入し海面に浮かべロープで係留させた。
続いて艦長ヘイル中佐と黒い軍服を着た13名の男たちが艦内から出てきて、黒服の男たちは甲板に降りゴムボートに移乗した。
その間、艦長と最初に出てきた作業員2名が艦橋から海原を見張り、1名は対空機銃座につき付近を監視した。
13人全員が2艇へ移乗完了と同時に係留ロープが解かれ、火を入れたボートは荒れた海原を海岸に向った。
ヘイル中佐は、ボートが岸に向い周囲に敵がいないことを確認すると作業員と共に艦内に入り、USS Merlucciusを北北東に進路をとらせ、艦は再び潜航し身を隠した。浮上してから7分間ほどのことだった。

黒服の男たちは、海岸の磯に辿り着きボートを処分した後、夜陰に紛れ上陸を果たした。
13名は全員アメリカ軍兵士で、指揮官ウィリアム・スラッテリー陸軍大尉以下、選抜された11名の陸軍特殊任務部隊員と1名の海軍情報局武官だった。
任務部隊の正式名称は隠密作戦遂行であるため、公式上存在はしないが英軍コマンド部隊を参考にしてSOC(Special Operations Command)と名乗り、隊員たちは黒軍服から “カラス組” と付けていた。

「エド、ここで間違いないな」

「キャプテンウィル、大丈夫。屹兎屋山《きっとやさん》東10km地点です」

「コーチ、先頭を行け」

カラス組には、“コーチ” こと、ハンス・ブラウン軍曹もいる。

「了解だウィル。さっ急ごう夜が明ける前に山に入るぞ」

カラス組最初の目的地は、西方約100km地点に位置する那須岳山麓にある収容施設で、そこには社会主義・無政府主義者たち反国家思想家と政治犯の収監されている雑居施設と、前年政変時までの大日本帝国内閣総理大臣でありポツダム宣言を受諾し戦争終結の模索していた鈴村幾太郎が幽閉されている屋敷がある。
それら情報は日本国内で活動している日本人スパイから得ており、スパイ自身も白河でカラス組に合流し行動を共にする予定となっていた。
カラス組は、鈴村を救出し友軍である米海兵隊進出地まで護送することが第一の作戦であった。海兵隊に保護された鈴村の行く先は連合国軍勢力圏下の神奈川県葉山である。

カラス組は、アルファチームとベータチームの二つに別れ暗闇の中を阿武隈山地、屹兎屋山山中まで分け入り稜線を西に向かった。この辺りは降水量が少なく残雪は全くないので夜間行軍でもリスクは少なかった。
このアルファチーム中には、カラス組隊長 “キャプテンウィル” ことウィリアム・スラッテリー大尉、ハンス・ブラウン軍曹、オブザーバーとして同行中の海軍情報局情報武官エドワード・アオキ海軍少尉がいた。
スラッテリーは、一見するとウォール街あたりに居る白人ビジネスマンのような軍人らしさがない人物であったが、彼の経歴はカラス組の他の誰よりアクティブかつアグレッシブだった。
陸軍情報科将校として、米国の正式参戦前から渡欧し諜報活動をしていたが、その能力を遺憾なく発揮したのは、44年の伊戦線・アンツィオ戦からベルリン陥落までの期間で、後方攪乱や独軍への奇襲、RSI—サロ伊政府要人暗殺、さらには同盟軍である英軍やソ連軍への妨害工作といった特殊任務を数多くこなしてきていた。そして今回、アオキが立案した対日特殊作戦の指揮官として彼に白羽の矢が立った。
スラッテリーの経歴はアオキは知っているが、ブラウンほかカラス組のメンバーには知らされてはいない。

阿武隈山地周辺は、連合国軍もまだ進出していない地区で、日本軍の動きは平野部における部隊移動に限られ山岳部の警戒は皆無であった。
だが、山で藪漕《やぶこぎ》している農民と思われる者でも油断は出来ず、国民皆兵体制をとっている現政権下では戦闘隊か偵察隊、そうでなくても見つかれば十中八九通報はされ、遭遇戦になった場合は以後の作戦へ支障を来す恐れもあるので、カラス組は自ずと夜間の山岳行軍をとった。
幸い誰とも接触することなく5日目の夕刻、白河の東山中までカラス組は進出した。ここで日本人内通者と落ち合う予定だった。

カラス組はポイントで身を隠し、6時間半が経過した。
内通者との接触時間は既に3時間オーバーしていたがまだ現れない。その間、何事もなかったが日本人の自警団らしき一団と農民が数回付近の山仕事道を通り過ぎて行き、その度に隊に緊張が走った。
そして夜明け直前に手拭いを頭に巻きカーキ色の国民服姿の男が月明かりにの下現れた。
右手にカマ、左手に懐中電灯を持っており手筈通りのスタイルから内通者と思われ、草むらに隠れていたブラウンはナイフを抜き、即座に男の背後に廻り首下にそのナイフをかざした。

「Who met Alice ?」

合い言葉だ。

「…Cheshire Cat !」

「よし、いいぞ。こっちに来い」

ブラウンは内通者をスラッテリー隊長の前に連れて行った。

「お前さんの名は?」

「“ツチヤ” そう呼んでくれ。それから俺は英語が得意じゃない」

スラッテリーの問に内通者はそう答え、スラッテリーはアオキを呼んだ。

「ツチヤサン。日本語で大丈夫だ。俺は日系人だ」

「ふっ、安心したぜ。もっとも俺はこの国じゃ非国民の類だがな」

ツチヤの体つきは、かなりやせ細っているので、見た目は40歳前後だが実年齢は良く判らない。
国民服を着ていて襟と胸には「國民義勇戦闘隊 福島第七壱五部隊 海軍一等兵曹 土谷松次郞」と書いてある布札を縫い付けてあった。
もちろん本名ではないだろうがカラス組にとってそんな事はどうでも良く、最新の情報と作戦現場まで案内して貰えば素性など関係がない。

続けてツチヤが言った。

「まずは食糧だろ。この先の廃屋になった炭焼き小屋に隠してある」

小屋に向うツチヤにアオキとブラウンが後からついていった。
炭焼き小屋は屋根が落ち、今にでも崩れそうな風化ぶりだった。
その小屋の裏に回って、地べたに敷いてあった古蓙《ふるござ》を剥がし、盛り土を手で掘り大きい麻の東袋《あずまぶくろ》二つをツチヤは引き上げた。

そして中身をアオキとブラウンに見せ確認させた。

「安心しな。米軍正式Cレーションだ。しかしパックの中身は知らないが良いモン喰ってそうだなアンタらは」

ツチヤは英語でそう言ったのでそれに対してブラウンは、

「じゃ何喰って闘っているんだお前さんたちは?」

「今のこの国の日本人は良くて雑穀を団子にして煮た水団《すいとん》。悪けりゃ芋とか野草だ」

その会話を聞いていたアオキは、ツチヤの体型が裏付けていたため本当のことだろうと思い、改めて日本の食糧事情の悪さを感じ取った。
ツチヤは、レーションに入っている煙草が欲しいと言ったのでアオキは袋の中のLUCKY STRIKE数箱とマッチを渡した。

そしてカラス組は、先導するツチヤと共に、人目を避けるため白河南方の山林からさらに東に歩き始めた。
作戦時間を半日オーバーしていたため、日中も行軍し目的地の那須収容所に向った。
隊は、白河を出発しその日の夜中、収容所の見渡せる高地に到着し、ここでいったん仮眠をとった。

明くる日、カラス組は改めて作戦を練った。
ツチヤの情報では、施設内に併設されている屋敷に幽閉されているとされる鈴村前総理は、米軍の関東侵攻を受け、近々宮城岩手県境に位置する栗駒山麓に身柄を移される予定だという。

「ツチヤサン、なぜアンタそんなことまで知っているんだ?」

アオキはツチヤに疑問を投げかけたが、ツチヤは日本国内に連合国軍へ協力する反政府組織があり、自分もそこの一員であるとだけ言った。
その時アオキは彼が、反帝共産主義者グループの一員ではないかと感じ取ったが、今は任務遂行のために邁進すべきと思い詮索はしなかった。

(注意)
※IF ワールド シミュレーション戦記です。
※一部の人名、固有名詞は架空のものです。

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―続く― 【日本本土決戦(30)】