昭和21年5月1日未明、夜間空爆を皮切りに連合国軍の信州攻略作戦が開始された。大規模な航空作戦は引き続き行われ、同時に地上部隊も行動を開始。軍団は甲州街道と中仙道に分かれ、街道筋を防衛する日本軍を駆逐し怒濤の勢いで長野県境へ迫ろうとしていた。
※実際の歴史時系列と異なり、架空の人物、固有名詞も登場します。
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■信州散花 1 ―神雞と不死鳥
福生基地と他の旧日本軍航空基地から飛び立った総数48機のB-25隊は、それぞれの設定コースを信州目指し巡航していた。
情報は日本軍防空網に直ぐキャッチされ、迎撃部隊が長野地域に現存する3つの飛行場から発進し、同時に、川上村、諏訪、上田の3カ所に建設されていた仮設飛行場からは、少年兵が操縦するブリキや木材、和紙の複合素材で組み立てられた簡易特攻機「剣」と「兜」(剣をさらに簡略化させた機体)が囮として出撃していった。なお降着機がない囮隊の機体は二度と帰還することはできない。
善光寺平の神州航空基地においても空中合戦用意を知らすサイレンが鳴り響いていた。
「雷殲隊、全機出撃!遅れるなっ」
真っ先に、雷殲隊《らいせんたい》と名付けられた、かつての厚木第1飛行隊赤松貞明中尉率いる局地戦闘機雷電8機が飛び立っていった。
その雷殲隊に続き、陸海軍航空隊生え抜き猛者たちが我先に信州の大空に舞っていった。
同様、「烈神隊」も出撃準備に入り、隊長の木場敬一少尉と鳥尾、大平両飛曹の3人は偽装駐機場まで走った。
烈神隊後方に、機体色は陸軍機迷彩に塗装されてはいたが、明らかに海軍の橘烈2機がそこにいた。
「隊長、アレなんです? リクサンの航空兵みたいだけど、海軍《うち》の橘烈操るんですかね」
大平が、木場にそうたずねた。
「おおアレか。アレは陸軍火龍隊《かりゅうたい》だ。榎本少尉と奥平曹長だ」
鳥尾が納得したかのように呟いた。
「キ201用にジェット操縦訓練を受けていた2人ですね」
キ201とは陸軍と中島飛行機が開発を進めていた橘烈と同系列のジェット戦闘機「火龍」のことで、原型機Me262と同じ後退翼構造かつ、高速性を考慮したフォルムなど性能的には橘烈を凌駕していたが設計段階で生産には至っていなかった。
だがジェット機の操縦訓練を早い段階から進めていた陸軍としては、火龍隊の夢を捨てきれず、先日折しも柳沢工場から納品されていた橘烈2機を海軍から譲渡してもらい陸軍機 “火龍” として採用、訓練を受けていた榎本と奥平が操縦士として抜擢された。
「ふっ、火龍隊なんかに遅れを取るなよ。鳥尾、大平かかれっ」
烈神隊の3人はすぐさま暖機済みの橘烈コックピットに飛び乗り、テイクオフスタートシークエンスを行いエンジンを唸らせた。
「エンジン良好。コンタクトっ!」
木場は地上誘導員に合図を送って、秘匿滑走路を高速で突っ走り神州航空基地から離陸し、鳥尾と大平、火龍隊2機も木場の後を追った。
米陸軍航空隊第201A哨戒中隊ことイェーガー隊のP-80A 6機は、秩父山地上空を北西に航行していた。
彼らの左下後方1500mには、護衛対象B-25隊が長野県北部を攻撃するため飛行している。
「フェニックス・ツーからアルファへ。チャック隊長。身重のB-25《ミッチェル》がいること忘れないでくださいよ」
イェーガーの部下ボイド兵曹が無線を通じイェーガーに話し掛けてきた。
「こちらアルファ。ボイドか。いいんだよ。忘れたか俺たちは表向きは実験隊だ。好きなことするぞ」
「ははは、ドレスデンの時と同じく相変わらずだなあ隊長は」
「隊長、我ら不死鳥《フェニックス》、再び戦場に戻るってね」
「その声はフェニックス・スリー、カリスか。よし、B-25の護衛は後続のロック隊に任せて俺たちは先行するぞ」
そう言った直後、イェーガーは速力を上げ爆撃隊から離れ前に出た。
「隊長《アルファ》へ! 方位225、上昇中の敵編隊発見!」
B-25隊左下方から上昇してくる日本軍機隊があった。
川上村から飛び立った「兜」8機の空中挺身隊である。
指揮官以外の搭乗員は、16~17歳の陸軍少年航空専科の生徒隊員で、部隊名は存在せず、唯一「六五三」という隊の管理番号があるだけであった。
固定武装は、指導教官でもある隊長機のみに7.7mm機銃1基が取り付けられ、他の残る7機は胴体に250キロ炸裂弾1基を埋め込んだ爆装機で、応射防備兵器のたぐいは一切搭載されず、機体を敵爆撃機に体当たりさせるか、敵機銃弾を浴びることで自機が空中爆発し、結果それが弾幕および敵の注意をそらす囮となることを目的とした。ただ剣型はもともと敵艦もしくは舟艇への突撃を目的に開発された機体で、対爆撃機特攻は全く想定していない。
「こちらアルファ。あれはペーパートイだ。全機交戦するな搭乗員もヒヨッコって噂だ。俺たちが相手にするのはプロフェッショナルのみだ」
イェーガー隊は模型のような飛行機である剣型と闘うことは好まず無視した。
だが無残にも、彼ら少年飛行隊には、イェーガー隊ではない別の敵禿鷹たちに群がられた。
高性能機P-51ムスタングにとって剣型は、紙飛行機を相手にするようなもので、格好の餌食となりあっという間に全機撃ち落とされた。
むなしくも、抱いていた爆弾は、酸化剤である硝酸カリウムの生成が乱造で、銃弾を浴びでも誘爆しなかった。
彼ら少年兵たちは出撃前、まるで遠足か山菜狩りにでも出かけるようなはしゃぎようだったという。
イェーガー隊は蓼科山《たてしなさん》付近で北にあった雷雲を避けようと進路を東に変えた。その時だった。
もやはこれは歴史の必然であろう、彼ら第201A哨戒中隊のP-80A 6機は日本軍の橘烈5機と遭遇した。
ここに橘烈《神鶏》とシューティングスター《不死鳥》の闘いが開始された。
「アルファへ! ジャップスシュワルベです!」
「よし、紛れもなくジェットだ。まさか2クォーター目で出会えるとは最高の日だ」
烈神隊も201A隊を視認し、鳥尾が無線で隊長機に知らせた。
「木場隊長!2時! 敵高速編隊北北東に航行中!」
ちなみに橘烈には、“究極の空戦無線電話” と称され、後にその登場と採用が遅れたのが悔やまれた「五式空一号改三型無線電話機」と呼ばれる最新型航空無線機が搭載されていたため、従来のあっても使えない雑音混じりの空戦電話(最前線の戦場では無駄なアンテナをもぎとっていたことも多々あった)や通信版を用いなくても比較的クリアーに無線連絡が取り合えた。
「くっ、奴らもジェット! 鳥尾っ 後方火龍隊榎本にも知らせろっ」
後に欧州戦役と大東亜戦争を含めた全地球規模の戦争のことが “第二次世界大戦” と勝者側から呼称された本戦争最終盤において初めてジェット機同士の会戦が行われることとなった。
烈神隊は201A隊進行方向めがけ舵を切り、木場を中心に三角陣形で突進し、火龍隊の2機も彼らに続いた。
木場が指示する。
「鳥尾、大平、敵のロケット弾が来るぞ…火龍隊はもっと西に離れろ」
201A隊も旋回し、格闘態勢に入った。
「よし、フェニックス・フォー、ファイブ、ロケット弾っ!」
4番機と5番機が烈神隊右側面に向け、翼下懸架ロケット弾を撃った。
そもそもは、瞬発信管を備えた非誘導対地攻撃用だが、敵機編隊に放っても一定の効果はある。
「散開っ!」
木場の合図で烈神隊は敵弾を回避した。
「やるじゃねぇか。いいチームワークだ」
イェーガーは感心した。
「アルファから各機へ。ττ11《タウ・タウ・ワン・ワン》!」
201A隊は対ジェット戦闘機格闘用シフトに移行した。
この実験中隊隊員のジェフリー・ボイドとロナルド・カリスは、欧州戦時におけるイェーガーの部下で、彼らの隊はP-51ムスタングを駆り敵独空軍機Me262ジェット戦闘機を好餌とし、ついた渾名の “ツバメ殺し” は敵にも知られ恐れらた。
数々のトリッキーな戦法と無謀とも取れる戦闘を繰り返し殊勲を上げてきたが、敵の攻撃で九死に一生を得る日も多く、いつしか彼らの隊は “不死鳥《フェニックス》” と呼ばれていた。
ττ11の戦術コードはまさに当時の “ツバメ殺し” 戦法で、橘烈戦にもそれを当てはめた。
3機ずつ2小隊に分かれた201A隊は、いったん空戦域から数キロ離れ、イェーガー率いる3機が2500m空戦軸より急上昇を行い、残る3機は逆に1500m急下降し、2隊はらせん状に橘烈隊に進路を取った。
「各機、気をつけろ。アメ戦は巴戦に持ち込む気だ。乗るな!」
無線を通じ木場は鳥尾と大平に注意を促した。
イェーガー隊が橘烈に燃料を多く使わすことで、エンジン出力を低下させ、その “ジェットのスキ” をついて攻撃をしてくると睨んだのだ。
「隊長っ! 後方火龍隊が敵編隊に迫ろうとしてます!」
木場は火龍隊にも搭載されている五式無線で挑発に乗らないよう呼びかけた。
「バカっ! 榎本っ下がれっ、ちっ、リクサンは空戦電話慣れてねぇか」
火龍隊の2機は、イェーガー隊編隊の後方下段の1機に狙いを定め、右旋回後水平改段状の陣形で敵上面から格闘戦を試みた。
「ふっ、引っ掛かったな。フェニックス・シックスへ、回避パターンC!」
イェーガーは狙われた6番機に指示した。
榎本少尉は定めたターゲットのシューティングスター左側面めがけ30mm機銃弾を放った。
が、その6番機は右下方に機体をそらし回避行動に行い、同時に上方右にいる3番カリス機が反転し火龍隊左側面に鼻先を向けロケット弾を発射した。その距離僅か数百メートル。逃げることはできない。
0.5秒後、火龍隊1番機にロケット弾が命中し、機体は木っ端みじんに吹き飛んだ。
榎本少尉は操縦桿を回す余裕もなかった。
そして違うシューティングスターが奥平曹長機に12.7mm機銃を撃ったが、奥平はどうにかこれを回避した。
「カリスよくやった。今夜厚木基地《ヒルズホテル》でビールをおごろう」
早くも神州の守護鳥、橘烈部隊は4機に減り、201A隊の6機と渡り合わねばならない絶対的不利な条件になった。しかも機体性能差も歴然としている。
「神雞の意地を見せるぞっ」
窮地に立つ木場だが、北支から南太平洋という広大な地域の戦場を飛び回り、敵を多く撃墜し戦い抜いてきたエースたる自負から、彼には焦りはなかった。
普段は冗談が多く飄飄《ひょうひょう》たる性格の木場だが、ひとたび空戦となると鬼神と化し人が変わる。そんな彼を慕う者は多く、部下からの信頼も厚い。また上官に媚びない威風堂々たる戦士気質は大胆かつ爽快さを漂いさせていた。
そんな守護神、木場敬一にとってこの不死鳥との一戦が人生最後の大一番となるのであった…
(注意)
※IF ワールド シミュレーション戦記です。
※一部の人名、固有名詞は架空のものです。
―続く― 【日本本土決戦(37)】