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山河残りて草木深し―日本本土決戦(38)

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大日本帝国はついに軍内部から分裂を起こした。それは西日本を守備する第15方面軍が叛旗の狼煙をあげたからだ。しかし依然として玉座を有し錦旗を掲げる松代の神州帝国政府が、官軍として自らの正当性を主張し続けていた。

※実際の歴史時系列と異なり、架空の人物、固有名詞も登場します。

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■信州散花 3 ―善光寺決戦

飛騨山地上空で帝国海軍の木場敬一少尉率いる烈神隊と米陸軍航空隊チャールズ・イェーガー大尉以下第201A哨戒中隊との死闘が演じられた翌5月2日、地上でも同様激しい闘いが繰り広げられていた。

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高崎に設営された野戦指揮本部に総司令官ブライアン・カーヴィル大将が入った5月4日、連合国軍地上主力部隊は各方面の要衝峠を一斉に越え、信州地区になだれ込んだ。
英軍グルカ連隊など特別任務隊は既に血路を開き深部まで進出を果たしていたが、主力歩兵部隊としてこの時大日本帝国最後の牙城とも言うべく松代本営と一番近い位置にいたのは、上信国境山岳を走破し長野市内方面へ進出する米陸軍第4歩兵師団第12連隊で、距離にして直線僅か15kmである。
なお米英軍は、地下壕で秘匿された本営や宮城《きゅうじょう》の位置を戦闘斥候隊とスパイの手によりかなり正確な情報を入手していた。

中仙道と甲州街道を怒濤のごとく進む侵攻軍本隊は、他の戦線同様日本軍(神州軍)による組織的な肉薄攻撃にさらされたが、これまで蓄積された戦闘データにより防御対策が万全にとられ、被害も軽微に済んでいた。
例えば小隊ごとに分けられた戦車隊の前面及び後方には、必ず12.7mm機銃を備えたM20装甲車とM3[改]火炎放射軽戦車が行く手を守り、歩兵部隊には英軍の装軌輸送車  “ブレンガンキャリア” が随伴しデッキ上から対人火器を構え周囲を見張った。
神州軍は、農民に扮して接敵し(実際に正規兵とは限らないが)連合国軍兵の一瞬のためらいから来る「すき」に乗じ、手にした火薬壺やダイナマイトにより自爆攻撃することが多く、監視兵は半径16フィート(5m未満)以内に接近する日本人は例え白旗を持つ民間人であろうと容赦なく発砲し射殺した。
もっとも大半の民兵を含めた日本兵は、爆弾はおろか銃すらなく竹槍や斧鎌を持ち突撃していた。

一方で、民衆への懐柔作戦も同時に行われた。
日本人軍民に対し、 既に大日本帝国軍は分裂状態で、陸軍は壊滅寸前、海軍連合艦隊に至っては一年以上前に米海軍が全艦撃沈しもはやこの信州で闘う意義や戦争を遂行する目的が存在しない旨を拡声器や航空散布ビラをまき呼びかけ、投降と出頭を促した。
「米合衆國政府ヨリ大日本ノ勇敢ナル軍人及ビ善良ナ國民ノ皆様へ」
と題したビラには、軍政統治下の沖縄九州や米兵により町が警備される東京の様子、西日本における日本軍の戦闘停止状況などが写真や図柄を交え詳報され、末尾には
「投降スル場合、当軍ヨリ六間・十メーター離レタ位置ニカナラズ武器ヲ持タナイデ現レ両手ヲ上ニアゲヨ。白旗ハ不要ナリ」
と書かれ結ばれてた(しかしながらソ連に侵略された北日本の惨状は伏せられた)。さらにクーデター政権が非合法政府であることまで書かれていた。
この投降呼びかけはことのほか “戦果” が上がり、戦闘を停止する部隊、村や地区の代表が連合国軍へ敵意のないことを伝えるなどといった事が各地で見られた。中でもこの信州の地には、「東京村」と在住者が呼んだ昭和20年夏以降、政府による関東地区都市部住民の強制移住政策で新たに拓かれた疎開村が多く、それら都市系住民の投降が多かった。
しかし戦陣訓を厳守し、敵に投降することを潔しと考えない神州軍将兵も少なくなく、特に制服着用していない武装集団である「新撰組」や「見廻組」と自称する秘密警察隊は、連合国軍との接触を試みる民間人や戦闘意思のない将兵などを局所的非常特権と称し、リンチのうえ殺害した。いわゆる白色テロである。戦後の調査では彼ら秘密警察に殺害された日本人、在日外国人の数は昭和20年8月以降終戦までで身元の判明した者だけで南日本国合計924人を数えた。

連合国軍の侵攻速度はことのほか速く、5日には既に一部の地上軍先遣隊は善光寺平へ突入していた。
また同日、第101空挺師団第2旅団戦闘団(ストライク大隊)が豊科松本と下高井郡へ強襲降下作戦を敢行した。

後の歴史書に記載されることになる “第二次世界大戦” 最後の闘い、『長野善光寺決戦』がここに開始された。

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信濃京と称された信州では様々な人々が「歴史という万華鏡」のなかで、それぞれの「運命という色彩」を放ち渦巻いていた。

松代の人々は想定されていたことながら、電光石火の敵の攻撃に狼狽していた。
当地が中央政庁と神州近衛軍本営所在地ではあったが、参謀本部は本営を抜け出し統帥権を無視して独断で軍を動員。残存する野戦軍主力を千曲川西岸善光寺平周辺に集結させ、参謀総長を含めた幕僚たちも善光寺に移動しそこに本陣を構えた。
そのため松代には宮城を守護する松代守備隊と警察隊あわせて1500程度のみの兵力しかいなかった。
政府と中央軍は瓦解状態で、特に東京から長野に来ていたほとんどの役人は松代から逃亡し、官公庁業務は実質的に不全状態であった。

総理大臣白谷藤一郎は官邸地下壕から離れず、時が過ぎゆくまま戦局を見守り何かを悟っているかのようであった。
政権黒幕でもある生田隆栄もまた、軍需品商社「報国商会」会長というのが表向きの顔であるため、政治家でも軍人でもない彼が当地に踏みとどまる意味はなかったが、理想の国家像を描いていた彼なりの意地と主義を貫く意味からも留まっていた。

対照的に行動した者がいた。
昨夏クーデター実行役である神州救國会会長の戸崎信三郎だ。
彼の理想郷は『大亜細亜主義』であり、神州大日本帝国もその途次《みちすがら》に過ぎず、再び大陸へ渡ることを考えていた。
戸崎は腹心の三田村淳吉と数名の書生を連れ立って鬼無里《きなさ》村にある良松宮蓮彦王《よしまつのみや・はすひこおう》別邸を訪れ、挨拶早々戸崎は蓮彦王へ単刀直入言った。

「殿下。唐突ですが我らにご同行願います」

定親王家の流れをくむ皇族軍人で軍事参議官の良松宮中将は、生粋の主戦論者であり過激な言動や行動から軍部から警戒をされていた。また気性が激しく「武闘派宮様」とあだ名されていた。

「戸崎、この期に及んで何処へ行くのだ。自分は軍人ぞ。この善光寺にとどまり敵に一太刀浴びせさもすれば刺し違える覚悟だ」

「なりません殿下。ここで米英軍と闘い戦死しても犬死にです。また殿下はその血を守って行かねばなりません」

「しかしな、武人である自分が帝《みかど》をお守りせねばならん」

主戦派の蓮彦王ではあったが、今上天皇の身の上を案じていた。

「陛下は然るべき機関。皇宮警察隊と禁裏守衛隊がお守りし、既に脱出準備をしております」

三田村が口を挟みそう答えた。

「では自分に何をしろと言うのだ」

「殿下には満州へ渡ってもらい、そこで厳祥珀《げん・じょうぱく》の手を借り救國会と共に再起を図ります」

「厳祥珀?」

「昭和の初め、わたし戸崎信三郎と同じく当時の陸軍能無し連中に大陸に捨てられた軍事探偵だった佐竹祥太朗少佐ですよ」

戸崎は鋭い目で睨むように良松宮中将へ眼差しを向け、白い歯を見せそのように答えた。

「…自分には選択肢はなさそうだな」

戸崎の後ろに立っている三田村と書生たちは、構えこそしていなかったものの拳銃と日本刀を携えており、良松宮自身断る権利はないかに思えた。

「それでは殿下、時間がありません。我らと共にひとまず飛騨へ脱出します」

 

 

天皇と皇后は、脱出を促す禁裏守衛隊長と侍従らの説得にも応ぜず砲声轟く松代宮城から動かなかった。
実は帝《みかど》はこの時、前侍従長である古尾勝吉と高木惣吉元海軍少将からの書簡(古尾は幽閉中とされていたので皇族名義で差し出されたもの。天皇への書簡は当然ながら開封検閲はされない)によりこれから起こりうる事を把握しわざと動かなかった。

大日本帝国は、憲法に明記されたとおり天皇が統治する国家であって、イギリス連合王国に代表される立憲君主制とは異なる。
しかし、立法機関は内閣および帝国議会にあり、天皇による直接的な国家運営や国政関与、発言権は同じく憲法によって禁じられ、平安時代以前の大君《おおきみ》を中心とした政治形態に戻すとされた明治維新における王政復古ではあったものの、近代日本は完全な形での絶対君主制の道を歩まなかった。
ただし、紀元二千六百年とされる神武帝以来、皇統が堅守されている天皇家は、日本の歴史や国家基礎そのもの―国体―であると考えられ、民衆にとっては物理的心情的あらゆる面でなくてはならない。というより皇室がなければ日本も存在し得ない。

大日本天皇たる今上帝は、一億国民と二千年に渡り培われた大和国家を愛していた。
帝は本大戦下、あらゆる手段により各方面から正確な情報を入手することに努め、世界情勢や戦況、困窮する国民の惨状を熟知していた。
クーデターという軍事力を背景に政権を奪取し、誇大妄想を抱く白谷一党のことは、かねてから信用に値しなかったが、愛故に無用な国の混乱を避けるためにも彼らに従い長野(後に信濃京と改める)へ信幸《しんぎょう》した。また、皇太子をはじめとする親王たちは、昭和19年から日光田母沢御用邸と湯元へ疎開しており、帝を陰ながら支えた皇后も、周囲が日光への疎開を勧めたが帝から離れることを好まず共に松代宮城入りしていた。

 

5日午後6時、神州軍総隊軍司令官、加治木亘大将は宮城を訪れていた。
そして軍装の帝に拝謁した。

「陛下。臣《しん》亘、行幸啓、御伴《おとも》致します」

その一言で帝は納得した。

加治木大将は、大日本帝国軍の本土決戦における総司令官という肩書きではあったが、実際の軍による作戦遂行及び命令系統はこれまで同様参謀本部が担っていたため言うなれば「蚊帳の外」であった。
かつては白谷の昭和維新構想に共鳴し昨夏におけるクーデターにも賛同した加治木ではあったが、内心では台頭する急進的な神州救國会のことを快く思ってはいない。特に戸崎とは全くウマが合わなかった。

「なんとしてでん陛下をお守いせんとならん」

加治木は気にかけていた。
昨年満州へ攻め込んだソ連軍に逮捕された満州国皇帝と同じ事になど絶対にあってはならないことで、自分の生命に代えてでも帝を守ると心に誓っていた。

大日本帝国は、今般の本土上陸戦と果てのない消耗《しょうこう》戦、果ては国家滅亡—-。
この危急存亡の事態を危惧する加治木は、もはや意地や主義を捨てなくてはならないと思い、クーデター以前から細いながらも繋がりのあった国土戦略研究会、通称 “光明会” へ接近しついには同会が目指す偃武《えんぶ》:大戦終結―構想に同調した。

光明会という組織は、旧雄藩藩主家現当主にして日米開戦直前まで内閣総理大臣であった畠鹿《はたしか》孝信が顧問を務める戦略(主に国際情勢)研究所で、サイパン陥落直後昭和19年9月に組織され、政府機関ではないが公の団体として政府へ一定の影響力を持っていた。
しかしそれは表向きの顔で、実際には高木惣吉海軍少将が海軍次官井上成美中将の秘密命令で作り上げた終戦工作機関(名はない)が前身母体である。
内では、一部の和平推進派の陸軍上級者や官僚、政治家そして宮内省への働きかけと根廻を行い、外にはスイスなど中立国を通じて米国情報機関と幾度となく接触を試み、鈴村内閣下で連合国へ無条件降伏をする寸前まで事を運んでいたが、白谷派と救國会によるクーデターによりすべてが頓挫してしまった。
だが、僅かながらのコンタクトラインは残され、クーデター政権の思惑もあって光明会も取りつぶされることはなかった。

先述の通り、帝も長引く戦争の偃武を望んでおり、加治木とともに行動することにした。
また宮内省をはじめ、皇宮警察隊と禁裏守衛隊は大君の決定には例え軍規違反になろうと逆らうことなど考えられず、加治木に従った。
すぐさま侍従が宮内省車輌課に連絡し御料車の手配をしたが、かえって目立つと判断し、軍用連絡車として使われていたトヨダAAを2台を使うことになった。
午後10時、加治木たちは手配した公用車に乗り一路神州航空基地に車を走らせた。

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昭和21年5月6日未明、連合国合同軍厚木基地は長野方面への夜間攻撃隊の帰還と入れ替わる昼間攻撃隊の出撃準備のため慌ただしかった。

米国在住民間人パイロット、伊佐馬忍《いさま・しのぶ》は時計を見ながら日本軍機を模したDC-3 “Takeru号” をいつでも飛ばせるよう入念に準備をしていた。夜も明けぬ時間ではあったが飛行作戦決行が目前に迫っているためだ。

伊佐馬の所に葉巻を咥え酒瓶を片手にした三人の若いアメリカ人航空兵が近寄ってきた。
三人ともかなり酩酊している。

「ヘイ、黄色っ! 朝早くからご苦労なこったな」

「どーも…」

伊佐馬は、米国在住時ひいては幼くして神戸で拾われた頃から差別や偏見に慣れっこなので、あえて彼らを適当にあしらった。

「コイツ、ヒコーキ乗りなんだとぉ」

一人の米兵が別の米兵にそう言った。

「あっ、サルが操縦できんのかぁ。満足なクルマも作れんジャップがよぉ」

「へっへっへ、まぁ空飛ばすときはせいぜい背中に気をつけんだな、黄色っ」

「どう言う意味だ」

「どうもこうもあるか。オレはヒノマル付けたヒコーキ見ればショーベンかけたくなっちまう。チッチッチってね」

さすがの伊佐馬も血が上り、瞬殺で3人の米兵全員を投げ飛ばし地面に叩きのめした。

「いいか白色っ、お前らの価値観を押しつけようたってそうはいかねぇ。この国で闘っている日本人に対してだってそうだ。お前らが勝つであろう今回の戦争だが、俺たち日本人はいつか違う形でお前たちをねじ伏せてやる。甘く見るな!」

米兵たちは何かモゴモゴ言いながらも頭を抑えながらこの場を去って行った。

 

米陸軍特殊部隊SOCによる作戦が開始されようとしていた。
コードネームは「サツキバレ」。

その作戦名とは裏腹にSOCがいる堀切山山中は雨が降っていた。

「サツキバレってのは晴れってことだろ、エド?」

ブラウンが笑いながらアオキの頭を叩いた。
余談ながらSOCはヘルメットは被らなかった。これは隊長であるスラッテリー大尉の「頭撃たれりゃ鉄兜だって同じさ、身軽なハットで十分だろ」という持論からそうなった。

「ははは、コーチ、泥に紛れたこの方が好都合だぜ」

スラッテリーは時計をみていた。

「0415《マルヨンヒトゴー》。作戦を開始する!よし行くぞっ」

(注意)
※IF ワールド シミュレーション戦記です。
※一部の人名、固有名詞は架空のものです。

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―続く― 【日本本土決戦(39)】