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山河残りて草木深し―日本本土決戦(39)

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大日本帝国はついに軍内部から分裂を起こした。それは西日本を守備する第15方面軍が叛旗の狼煙をあげたからだ。しかし依然として玉座を有し錦旗を掲げる松代の神州帝国政府が、官軍として自らの正当性を主張し続けていた。

※実際の歴史時系列と異なり、架空の人物、固有名詞も登場します。

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■信州散花 4 ―さいごの空戦

昭和53(1978)年5月1日、滋賀県彦根市にある山寺で木場敬一三十三回忌法要が行われていた。
木場は生涯独身だったため、供養に訪れる親族は既にいなかったが彼を慕うかつての戦友らが法要を執り行ってきた。
木場の故郷であるこの地の琵琶湖を見下ろす風光明媚な場所に彼の墓はあったが、納められた骨壺に彼の遺灰はなく、生前被っていた飛行帽とゴーグルがその代わりとなっていた。
三十三回忌法要には12人ほどの戦友らが集まり、この中には木場小隊で彼の部下だった鳥尾嘉兵と大平文治もいた。
二人は墓前に木場の好物だった煙草とあんパンを供えた後、32年前の今日、青春を賭して信州上空で繰り広げられた闘いを思い出していた。

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昭和21年5月1日、快晴の信州上空で大日本帝国海軍烈神隊と米陸軍航空隊第201A哨戒中隊は激突し、史上初のジェット機同士の戦闘が行われた。

「サムライファイター、やるじゃねぇか。ττ11《タウ・タウ・ワン・ワン》はもうきかねぇな」

「こうなりゃジェットゲーム、楽しませてもらうぜ!」

201A哨戒中隊隊長チャールズ・イェーガー大尉は、思いもよらぬ好敵手出現に対ジェット戦闘機格闘用シフト “ττ11” が効果無いことを知り、闘志をむき出しにした。

「アルファから各機、オレはサムライシュワルベの隊長機をやる。他は残る三羽を叩き堕とせ!」

イェーガーは、右上空を旋回している機体に二本の白線が入っていることを確認し、それを隊長機とみて一直線にスロットル全開で突進した。

「あはは、始まったぜチャック隊長の悪いクセだ」

3番機ロナルド・カリス兵曹が機上でぼやいた。
欧州戦線、大戦末期のフランス・ドイツ上空で数多くの死闘をイェーガーと共に舞ってきたカリスは、彼の好敵手を見るや “決闘” をしたがる、西部開拓時代よろしくガンファイター気質を良く知っていた。

森閑とする信州山地にP-80A「シューティングスター」のターボ音が轟いた。

木場も敵隊長機を視認し、自分と格闘戦に持ち込もうとする意図を汲んだ。

「あのカウボーイ、オレとやり合いたいのか…いいぜ相手に不足なさそうだ」

ポテンシャルは極めてた高いが、試作戦闘機の域を脱していない橘烈はまだまだ調整が必要な機体で、紫電改のような機動性は得られない。
また失速する可能性が大きいため、自動空戦フラップも装備していなかった。
だが、木場はわずか数ヶ月で橘烈の “クセ” を熟知し、レシプロ機並の空技を体得していた。

木場は上昇した。

その瞬間、イェーガーはロケット弾2発を放った。
同時に機体鼻先を左上2度に向け、12.7mm機銃を撃った。
橘烈がロケット弾から回避する進路を予測して攻撃を仕掛けたのだ。

「何っ」

木場はシューティングスターのエンジンパワーと機動性、敵の攻撃方法に驚いた。
数発の銃弾が橘烈左エンジンに命中したが幸い火災やエンジントラブルは起こさなかった。

すぐさま木場は機体を背面転回し、彼もまた30mm機銃を下方のイェーガー機めがけ撃った。

イェーガーはこれを交わし、両機は行き違えた。

4秒ほどの空戦だった。

そしてすぐさま両機は体勢を整え反転した。
今度はお互い真っ正面から向き合った。

「根比べだな」

イェーガーは笑みを浮かべながらそう呟いた。
二回目の刀勝負は火器を放つことなく行き違えた。

両機がすれ違うその瞬間だった。
まるで時間が止まったかのように、2人は顔をあわせ見つめ合った。
時間にすればゼロコンマ何秒かの世界だが、互いに視線を交わした。

「ふっ、カウボーイ!」

「見たぜ、サムライ!」

今度は2機とも急上昇した。
空戦は、騎馬戦というよりは、仲の良いカップルがダンスをしているかのようだった。

烈神隊の鳥尾と大平、随伴する陸軍火龍隊奥平は他の敵機が木場機へ不意打ちを仕掛けないように警戒したが、201A隊の4機は鍔迫合《つばぜりあい》い繰り広げている両隊長機へ近づこうとせず、まるで一騎打ちを傍観しているかのようだった。

「まるで源平合戦だぜ」

大平はそう思って、敵が隊長機に近づいてくる可能性が低いと判断し、他の敵機4機との格闘戦に専念した。

上昇力は完全にシューティンスターの方が上で、橘烈の両翼に装備した合計推力940kgの「ネ20型」ターボジェットエンジンでは、僅か1基ながらも高性能過給機(ターボチャージャー)に加え2450kgの「アリスンJ33Aターボジェットエンジン」を内装したシューティングスター相手では全く歯が立たず、橘烈は咳き込んだ。

「くそっ、アメ戦のパワーがこれほどとは。ならば!」

木場は上昇中の機体の頭《こうべ》を垂らし、やや “きりもみ” 状態から今度は一気に降下した。
パワーに任すシューティングスターが “ピーキー” 動作に弱いと見たのだ。

そして機体を右旋回し、ちょうど腹ばい上になっているイェーガー機めがけ今度は木場が装備している6発のロケット弾全弾を放した。

イェーガーは慌てて機体を起こし回避行動を取った。
幸い6発のロケット弾は全て当たらなかったが、全弾撃ったことが判ったイェーガーは敵機の潔さに感心した。

「サムライ野郎は機体を軽くしてケンカする気だな」

その通りだった。木場はロケットを捨て機体を軽くしたのだ。
また、フラップを巧みに操作し、上下左右、橘烈を小刻みに走らせた。

上空イェーガー機が反転。45度で急降下し、四回目の刀勝負となった。
木場も機体をイェーガー機に向け、両機は機銃弾を撃ち合った。

1秒間の太刀打ちだった。

互いに損傷はなかく、両機は幅の広い雲海両側に大きく間合いをとり、仕切り直した。

 

つかの間、どこからともなく初夏の青草の臭いがコクピットに漂い、心地よい風が木場を包んだ。

その瞬間だった。

初戦でイェーガー機から銃弾を浴びた橘烈の左エンジンが突如火を噴いた。

「切能《きりのう》だな…」

“…全機、伊丹に向かえ。いいな。大阪第二、摂津飛行場だ!”

不調だった空戦電話「五式空一号改三型」が偶然にも寮機に繋がり木場の声が鳥尾、大平、奥平の耳に届いた。
そしてこれが、“さいごの” 木場の命令となった。

空戦の場は飛騨山地からいつの間にか松本盆地上空となっていたが、黒煙の尾を引いた木場機は人里離れた北西へ向かっていた。

「隊長ーっ」

鳥尾と大平は隊長機に近寄り叫んだ。
コクピットには木場の姿がはっきりと見えた。

戦闘機に搭乗すると人が変わったように、空鬼《くううき》と呼ばれ恐れられた木場だが、この時の顔は実に穏やかであった。彼はうなずきながら敬礼をし、まるで友軍機を追い払うような仕草をし、やがて僚機から離れていった。
火達磨となっていた木場機は、右へ大きく旋回し、いったん上昇を試みたかに見えたが、直後、失速し立山連峰最深部に急降下。その機体は暗い山中に吸い込まれていった。
爆発は上空からは観測できなかった。

「隊長《アルファ》、追いますか?…」

ジェフリー・ボイド兵曹がイェーガーに無線で問いかけた。

「いい。決闘は相打ちだ。全機帰投だ」

一部始終を機上から見ていたイェーガーは、他の橘烈に対し十分追撃可能な状態にあったにもかかわらずあえて追わず、部隊の厚木基地帰投を命じ進路を南東へとった。

「オレは見たぜ、やつは真のサムライだ」

チャールズ・“チャック”・イェーガー陸軍航空隊大尉。
彼は大戦終結後、空軍テストパイロットになり、このとき開発中だった高速飛行機「ベルX-1」に搭乗し、人類初の音速突破を記録し歴史に名を留めた。

 

木場敬一少尉は、行方不明となったが、後に第二復員省から戦死公報された。
また、その死も撃墜されたのではなく、空戦によるエンジントラブルが原因とされた。

初陣の日華事変から始まる撃墜スコアは、他のエースパイロットがそうであったように公式レコードなるものは日本軍には存在しなかったので、本人記録もしくは談話、推測によるところが大きいが、戦後刊行された軍事雑誌へ掲載された「帝国海軍空鬼伝」によると、

撃墜王 “蒼き昇龍「空鬼」” こと木場敬一帝国海軍少尉
個人撃墜 96機
共同撃墜 300余機

であったという。

 

鳥尾嘉兵、大平文治両飛曹と奥平健輔曹長は、その後大阪にある摂津飛行場まで無事辿り着いた。
しかし同地は、既に神州帝国軍と袂を分かっていた第15方面軍の勢力下であり彼らはそこで武装解除を行った。
木場は大阪の現状を知っていてわざと摂津に向かうよう指示したのだろうと鳥尾と大平は後に戦友たちに語った。

(注意)
※IF ワールド シミュレーション戦記です。
※一部の人名、固有名詞は架空のものです。

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―続く― 【日本本土決戦(40)】