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山河残りて草木深し―日本本土決戦(6)

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クーデターにより樹立した大日本帝国新政府は戦争継続の道を選び本土で連合国軍を迎え撃つこととなった——

昭和20年10月末、ついに米軍の九州侵攻 “オリンピック作戦” が開始された。迎え撃つ帝国軍は空と海から上陸阻止を試みるため、特攻攻撃を仕掛けた。

※実際の歴史時系列と異なり、架空の人物、固有名詞も登場します。

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■上陸

夜明け直前、米陸軍第6軍の第1軍団先陣上陸部隊が宮崎海岸ポイントMMに迫った。
漲《みなぎ》る闘志で満ちあふれた兵士を満載したLSI大部隊が横一文字に拡がり、それが後方隊列をつくり幾層にもなって海は足の踏み場もないかに見えた。
さらに数キロ奥には陸戦移動兵器を載せたLSTもいる。

日本軍が海岸陣地から撃ち込んでくる砲弾(中には高射砲の水平発射弾も含まれた)が乱舞する中、第一列陣が上陸地点手前約1500mを過ぎた。
同時に、随伴していた機雷掃討艇(MMB:Mine Mopping up Boatと称される魚雷艇を改装したボート)から無数の炸裂弾が60mm迫撃砲から発射された。

弾頭は弧を描き、海岸陸上陣地ではなく海面に着弾していった。
その時だった。
海面からは大きな水しぶきが幾つも上がった。
一弾の炸裂から数本の爆発があるなど、明らかに機雷か何かが誘爆しているかに見えた。
これは日本海軍が爆撃の合間に、視認した敵軍上陸コース上に配置した伏龍隊の棒機雷が爆発していく光景だった。
海中から機雷棒を振り回し上陸艇を突く伏龍兵士は、実際には水圧水流に耐えつつ70kg程の重装備を纏っているため、機動性は著しく損なわれ身動きがとれないくらい四肢の可動範囲が狭い。
つまり、作戦海域にうまく守備したとしても自身頭上、垂直方向のみでなければ攻撃範囲が得られず効果はなく、敵艇を多く沈めるためには兵士が密集形態をせざるを得なかった。ただ、間隔が狭いと今度は機雷誘爆の危険が伴う訳だが、より戦果を挙げるためには多少の犠牲はやむを得ないとされた。
この “人間機雷” の存在を米国海軍情報部は早くから掴んでおり、その特攻システムの欠点である「誘爆」を “させるための対策” として最も簡便な方法で掃討するため、迫撃砲を撃ち込んだのだ。
この時間にしてわずか数分間の攻撃により米軍にとって海岸線の脅威が取り除かれビーチングがスムーズに行くと思われた。

伏龍隊は、本土防衛用に10~12個大隊ほどを海軍鎮守府直轄の突撃隊(海軍歩兵隊)として当初編成する予定であった。
先行配備先として、帝都防衛用に九十九里浜一帯に二個中隊約300基ほどが実戦配備され、続いて昭和20年8月に風雲急を告げる宮崎海岸に同じく二個中隊300基配備された。
しかしながら訓練時間不足と潜水具調整不良、さらには米軍の猛爆などから、敵上陸前に海岸海中に出撃した数は極少数に限られ僅か40人ほどの若者のみであった。
そして彼らはものの数分間の攻撃で全滅した。

日本軍が放つ独特の音色を奏でる機銃弾が舞う中、最前列の突撃LSI群がビーチングを敢行。
各艇の前面ドアが一斉に開き、我先に米兵の猛者共が飛び出し、海岸トーチカを目ざした。

しかし簡単にはファーストまで走れない。
トーチカから撃ってくる機銃は、掃射速度のえらく遅いものであったが、故に射撃は正確だった。
それは米兵から “ウッドペッカー” の名で恐れられた九二式重機関銃で、まるで狙撃ライフルが撃ってくるような射線軸を描き、その弾丸も7.7mmの大口径弾であるため一発でも喰らわされたものならただでは済まない。
日本軍はこの九二式重機関銃に光学望遠照準をつけ、狙撃特性を生かした使用法をした。
米軍が機関銃を面掃射による弾幕効果をねらったのと対照的に、少ない弾丸をより効果的、経済的に運用できるバランスの取れた用兵と言えた。
浜辺に米兵が次々に斃れていった。
一方、硫黄島上陸戦などで奮闘した精鋭部隊であるケラー・ロッキー少将率いる海兵隊第5水陸両用軍団は、夜半、特攻艇による両側面からの攻撃を受けたが、これからをすべて撃破し、ポイントKFすなわち鹿児島吹上浜海岸への上陸はスムーズに行え、予測された敵陣地の防備も薄く数時間のうちに海岸一帯を占拠した。

第43歩兵師団のハンス・ブラウン軍曹もまた闘志に燃えていた。
数多の死闘をくぐり抜け、先の沖縄戦では多数の戦友を失った。
ハイスクールに通っていたときはベースボールに夢中だった。
豪腕で遠投の利く肩は外野守備に向いていたが、バッティングは自他共に認める案山子だった。ただ一発当たるとでかいのが飛び出す。
戦争とベースボールを単純に比較する事などできないが、経験は活かせる。
それはゲームの駆け引きと瞬間的な判断力だ。
相手を舐めて掛かると後で痛い眼にあったり、一瞬の送球ミスが失点に繋がったりする。
戦争も同じだ。
沖縄戦では、日本兵を舐めて掛かったり、意味のない度胸だけの連中は直ぐに死んだ。

「マーク、いいな。判断を誤るなよ。それから無駄に前に出るな」

同じB小隊のマーカス・エドモンド一等兵に乗り込んでいる舟艇内で何度も言った。

陸軍第9軍団の上陸部隊は猛スピードで薩摩半島南端ポイントKSへ向っていた。
ポイントKFに上陸した海兵隊と同じく、ここでも日本軍の特攻艇が攻撃してきたが、全て揚陸支援艇の機銃掃射により撃破掃討しており、米軍にとっては驚異に値しなかった。
そして上陸隊は薩摩半島山川浜へ上陸を開始した。

(注意)
※IF ワールド シミュレーション戦記です。
※一部の人名、固有名詞は架空のものです。

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―続く【日本本土決戦(7)】